syrup_3
開店準備を済ませ、扉を開けると、ちょうど店の前を歩いていた男にあいさつされた。「ハァイ」と俺もあいさつを返すが名前は知らない。イメージはボブ。空は陽気な灰色。天気は曇り。
「店長」
呼ばれて振り向く。
見習い店員が立っている。呼び名はサム。髪形は前下がりボブ。色は淡いスミレイロ。性格良し。接客態度◎
「どうですか?」
サムに任せたレディース向けのスペースが華やいでいた。
「すごくいい。女の子らしいし、かっこよさもある。俺に足りないものが並んでいる」
俺の言葉を聞いて、サムは嬉しそうに笑った。春に咲く花みたいで、「うららかかよ」と、幻滅した。
「サムがユガの嫁なら許せる気がする」
「なにを言っているんですか、急に」
「俺に足りないもの見つけちった」
俺は花も咲かせないくせに萎れる。
雨になればいいのに。と、いじけたところで消防車の警鐘が降る。
「あ、またサイレン。最近多いですね」
ここのところ昼夜問わず不審火が相次いでいて気が休まらない。
「様子見てくる。店、頼むね」
外に出ると、熱を孕んだ空気が太陽に支配されて、俺を攻撃した。目を細めた先に見える電光掲示板の降雨予告など、完全に疑う。
曇りのち、ユガがいた。
ユガとミケと白猫。
ミケと呼ばれる自警団が野次馬を誘導して避難させている。町を守るために自発的に集まった組織だ。安寧秩序が保たれているのは彼らの存在が大きい。町の自警団というより、ユガの護衛団だと俺は捉えている。ユガにしか懐かない白猫も一員なのかもしれない。
出火元はゴミ箱のようだ。幸いにも大事にはいたらず、火はすぐに消し止められていた。
「やっぱり、ゴミ箱は無くしたほうがいいと思う」
「ゴミ箱は必要だよ」
「しばらくのあいだ使用禁止にしたら」
「また前みたいにポイ捨て増えちゃうんじゃない」
「ゴミ箱は必要」
目下自警団塵箱論争中。
「そうじゃなくても狙われているだろ、意味ない」ユガのひとことでみんな黙り、結局見回りを強化することになった。
隣接する不烏町 とは対立関係にある。不審火となにか関係がある気がしている。以前はもめごとばかりだったが、鎮静化させたのがユガであり、今では誰もが信頼している。誰もがユガに魅了されてユガを崇めるのだろう。
俺は、違う。
特別だと思いたい。
特別な存在なのだと。ユガにとって、俺は。
にゃあ。
めずらしく白猫が俺に纏わりついた。同情しているのか。
天気は曇り。
その日、雨は降らなかった。
俺の心と同じ。電光掲示板の心も不明なのだ。