夢見る鼻血_2



 黒爪には、ふたつの星とグリッター。朝の陽射しの中、小さな銀河が空を横切った。
 流れ着いたのは、照明が降り注ぐガラス張りの空間、開放感のあるフロア──

「ここに住もうぜ」
 ガムがくちゃくちゃと夢を噛んでいる。

「さすがに夢見過ぎ」
 そう言うと、

 サムほどじゃないよ、ミナが答える。

 なによ。

「口にすれば叶うんだから」
 わずかにミナが微笑んだ。『十、誓えば願いは叶う』ミナの好きなミュージシャンの言葉。

「駅から徒歩十五分。風呂とトイレは一緒」
 あたしのノーマルな爪先が、現実を読み上げる。

「ま、もう少しで目標金額だし。一緒に住めば、なんだって楽しいよ」
 愛想ない表情で、そろそろ時間だよ、と歩いていく。

「待ってよ、ミナ」
 ちょうど背後で不動産屋のシャッター音がした。
 

 出会いは、ライブあとの打ち上げだった。黒い服に身を包み、長い黒髪を無造作に束ねて、目をぐるりと黒いラインで囲んだスタイルのミナが、にこりともせずとなりに座っていた。まわりには男性しかいなくて、自然と話してた。
 それから仲良くなり、相変わらずにこりともしないけれど、ミナの優しさは誰よりもわかっているつもりだ。
 あたしはミナに一番近い存在だけれど、ミナのことあまり知らない。自分のことを話したがらない。それでもよかった。ときどき笑ってくれるだけで嬉しいんだ。
「じゃあ、私はこれからひと眠りするかな。仕事頑張れ」
 黒爪がまた空を横切って、ミナは帰った。
 休日なのに、こうして朝ごはんを付き合ってくれる。あたしの話をちゃんと聞いてくれる。そばにいるのは心地が良くて、ミナが言うみたいに一緒に住んだらもっと楽しいと思う。



 
 夢見町ゆめみちょうは、音楽の町と例えられるように、音に関するものならなんでも揃う。音楽好きなら誰でも憧れる町だ。
 シックな色で統一された町並みを、一張ひとはり二張ふたはり……と書かれた提灯が案内する。夜の仄青い光りは、いっそう神秘さを増し、見惚れてしまう。
 一張を曲がってすぐにある、ファッションショップ「MAYS.」の店員となって一か月が経った。

 お店は絶えず音楽が鳴り響いていた。
 壁には『マスタアド』のポスターが貼ってあり、一角には、ライブ時の写真が月替わりで貼られる。メンバーのプライベートの様子も垣間見えて、これを見るために遠くから訪れるファンもいる。運が良ければ、マスタアドのメンバーに会える──といっても、ベースの「SHIZUKU」が店長として迎えてくれる。
 腕には怪しげな文字が隙間なく彫られ、初めて見たときは怖かったけれど、人懐こくて面白くて、相槌もゼツミョウで、かといって人の話をちゃんと聞いているのかといえばビミョウで。なるほど接客業に向いている逸材だと納得もする。なんといっても、笑顔が赤ちゃんみたいにキュートだ。くりくりした目元に長い睫毛が上向きに生えていてビューラー要らず。ハロウィンイベントでのナース姿は、嫉妬するほどの完成度だった。

 開店間もなく、消防車のサイレンが聞こえてきた。また火事だろうか。裏通りの空き店舗が全焼したばかりだ。店長が様子を見に行った。
 あたしは、トルソーに服を着せる。新商品がいち早く知れるのはいいけれど、見ると欲しくなって困る。
「かわいい」
 広げたTシャツのイラストは女の子と花。なにかの文字が降り落ちて、片方の目からも涙のように落ちている。
 あの花の光景に似ている気がした。

 ペンダントを握りしめた。
 もうオルゴール音は鳴らない。何度も聞いていたら、最後のほうは壊れかけの曲が鳴って、そのまま。いろいろなお店に持って行ったけれど、日本にはないものらしく、しかけもよくわからないと断られた。
 あの花と同じで、このペンダントも「ひみつ」だったのかもしれない。
 確かに花は存在した。
 確かにレイはいた──それは、このペンダントが証明してくれている。パパが言うには、あたしは白いお花畑の中で眠っていたらしい。
 あの日、目が覚めると、病院で、泣きはらした目をしたパパとママがいた。