夢見る鼻血_1
藍色の空が揺れていた。
一面に咲く花は、まるで夜空そのものだった。星屑を纏い花たちは瞬く。雨露は流れ星となり、花脈の傷を残して、すっと落ちていった。
かすかに夜が鳴いている。
壊れた夢の「かたち 」は、
青い傷と儚い旋律を閉ざして、待ち続ける。
そこにしか咲かない「幻の花」がある。
条件が揃ったとき、花びらが夜空を映して揺れ、まるで宇宙の中にいるような感覚になるという。
「今年、見えるかもしれない」
パパの不確かなひとことで、ママは小さいあたしを連れて、飛行機に乗った。窓から広がる雲の光景に、もう宇宙に迷い込んだ気がした。行先は建築会社に勤め、単身赴任をしているパパのところだ。
長い旅路と異国の匂い、すべてが新鮮 だった。
多言語の案内標識に紛れる風変りな日本語。
近代的な建物に混在する廃墟。
舗装された道と砂利道。
見たことのないお魚。
濁った色の水。
辛いガム。
道端の花が、白しか知らないこと。
いろいろな言語が蝶のように飛び交い、あたしを掬う。ふわふわと体が浮かび、町を見渡すと、色が無かった。縁取られたあたし自身も色を消失し、空白に彩られた町のひとつになる。雲から降るクレヨンは白しか知らない。クレヨンがそれらを白く塗っているのかもしれなかった。
その日は雨が花を濡らしていた。
「明るい時間でも、パパとママのもとから絶対に離れないように」
そう言われていたのに。あたしははぐれてしまったんだ。泣きながら歩いていると、男の子が立ち止まった。髪色と瞳が、透き通ってきらきらして、見たことも知らない幻の花を想う。
「パパ、ママ」そう口にすると、あたしが迷子になったのを察知したようだった。手をつないで歩いた。冷たい指先の感覚に、なぜだか少し安心できた。
いつのまにか雨は止んでいて、あたりは暗くなっていた。パパとママは見つからなくて、永遠に見つからないような気もして、涙が止まらなかった。
男の子は、あたしをベンチに座らせた。そして首元からペンダントを外すと、小さな手のひらから、オルゴール音が響いた。優しい音色に、あたしは笑みをこぼしていた。曲が終わると、ペンダントをあたしの首元にかけて、男の子も笑顔をみせた。
瞳は深い青を纏っていた。
クレヨンは青を知っている。
男の子はなにか話している。現地の言葉にあたしは首を振る。次は、英語。あたしは首をぶんぶんと振った。最後はたどたどしい日本語が聞こえてきた。
「名前」
「すみれだよ」
男の子は首を傾げた。
「す、み、れ」
……伝わらない。あたしは、バッグの刺繍を思い出して、菫の花に添えられたSUMIREの文字を見せる。
「オーケー。サム」
「すみれ、だよ」
男の子はあたしのことをサムと呼んだ。男の子は「レイ」と名乗った。それからまた手をつないで、パパとママを探した。あたしは不安から、いろんなことを話していた。レイは黙って聞いていた。「花を見にきたの」そう言ったとき、レイは返事をくれた。
ハナ、にせもの。
「本当ハナ、見たい? サム」
迷子であることを忘れて「見たい!」と答えていた。
「ひみつ、誰にも」
あたしは頷いた。
手を引かれるまま人混みをすり抜けて、連れていかれた場所に、夜空が咲いていた。