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 神は知らない。午前零時を以って世界が終了したことなど。意外と単純で脆かった。
 もう鳴くことはない。
 


 正確には、午前零時を少し過ぎた三分二十秒だ。
 マルゲリータの匂いがキッチンを占領して、待ち切れなくなった俺は、オーブンレンジのガラス扉に張り付いて焼け具合を見守っている。ピザはマグマみたいに沸沸として今にも爆発しそうだ。
 リビングからの催促に「あと一分」と告げた。正確には一分十六秒だ。
「シズク、炭酸持ってきて」
 ユガが、蟻砂アリザは要る? と聞いている。俺は冷蔵庫の扉を開け、正確には炭酸飲料ジュースな、と呟いた。蟻砂が「要らない」と答えるのはわかっている。テーブルの上に炭酸とビールを置いた。同時にオーブンレンジの終了音がした。

 マルゲリータが俺を呼んでいる。

 遅めの夕食は、いつものことだ。ロックバンド『マスタアド』の三人が揃うのもいつものことだ。幼いころからずっと一緒で、同じ目標に向かって進んできた。この環境に慣れ過ぎていて、もし関係性が崩れたらと思うと怖い。考えないけれど、考えなくもない。マグマみたいにさ、デロデロとした感情が溢れてさ。だけど、もう大丈夫。みんなの腹の中に収まったから。マグマは隠滅した。
 それに、ユガは支離滅裂な曲を口ずさんでいる。機嫌がいい。
 ボーカリストのユガとして、ステージに君臨し歌う様は、熱心なファンにより崇拝されている。俺たちはどこにも所属せず、メジャーへの誘いはすべて断っていた。ユガはとにかく拘束されることを嫌う。言い換えれば支配者でありたいのだ。一度だって弱みを見せたことなどない。
 俺にはユガしかいなかった。ユガもそうだと思っていた。今もそうだと思っていたい。

 なのに。

 俺は試されている。

「ねえ、これはどんな味がするの?」
 ユガの持つフォークの先には、デザートが刺さっていた、はず。飲み込んだあとではなにを食べたのかわからない。
「なあ聞いてんの?」
 ユガの疑問に、俺は正解をウカガウ。
「聴いてるよ。ウタを」
「ウタ……か。俺のウタに意味はあるのか? 俺に意味はあるのか?」
 あるよ。そう告げたらユガは黙った。それ以上を聞くのを止めたのか。時々、ユガとの間に空白がエンターされる。ユガのメモリはもう別なところにシフトされている。きっとそこに俺はいない。

 ユガの意味?

 俺はユガの言葉に戸惑う。
「甘いよ」
 と、蟻さんが正解をアテガウ。フォークの先にはメロンがいた。
「どのくらい?」
 とユガが聞いた。
「ユガが弟に対する愛情くらい」
 と蟻砂が答える。
 俺はメロンの欠片を見つめた。たいして甘くはなかった。オーブンレンジにぶち込んで沸沸にしたら、甘味は増すのだろうか。舌を弄ばれて、痛みを囀るほどに。