ゆーつ

 


 ジャムトーストが死んだ。

 残骸は無となり、テーブルの片隅で在る。

 ぼくが殺した。

 証拠に、歯型が残っているはずだ。一口かじり付いたところで迎えがきて、そのまま出掛けてしまった。その日は、最後のライブで、それなのにぼくは呑気に寝坊して呑気にジャムを塗っていた。日常と変わらない時間を過ごしたかっただけなんだ。ぼくは最後も、ぼくでいたかったから。



 その時の光景を忘れることはないだろう。ラストナンバー直前、照明が消え、真っ暗になった。これから生きる世界が急に訪れたのかと錯覚した。そういえばこんな演出だったっけ。考えていたら、ふたつの光線が、流れ星みたいに降りて、ぼくを包み、会場のライトが点いた。

 曲が始まる。最後に明るい曲を選んだ。それなのに。みんな泣いていた。振り向いてメンバーの方を見ると、メンバーも泣いていた。ぼくは歌うのをやめた。悲しくないよ、と笑った。「悲しくなんか、ないんだよ。楽しい思い出、いっぱいあるもん。それに、いつかきっと、ここに戻ってくるんだからね」そう言って再び客席を見ると、ひとりだけ笑顔の子がいた。いつもライブに来てくれる子だ。黒尽くめのファッション、黒髪、目を黒いアイシャドーでぐるっと囲んで……そんな子はたくさんいる。ぼくのミラーと呼ばれる子たちだ。

 でも、その子はわかるんだ。なぜなら、トモカと同じ片えくぼがあるから。

 曲が再開して、また終わりに向けて歌う。ミラーたちは、泣きじゃくりながら、それぞれ人差し指を掲げている。たったひとり、笑顔で。片えくぼに触れたいと思った。その子の手を掴み、指先をかじった。食べ損ねのトーストを想う。苺ジャムの味はしなかった。代わりにペパーミント・ガムの香りがした。