ゆーーーつ

 



 次の日は一日中寝ていた。なんの予定もないなんて何年ぶりだろう。
 未来なんかなくてもいい。
 闇の中で起きた。電灯を点ける。もう日付が変わっていた。お腹が減ってコンビニに買いに行く。ジャムトーストは、感傷的にぼくのうたを聴いている。



 三日も経つと、暇になった。時間ってこんなに長いんだ。
 少し未来が怖くなる。
 闇の中で起きた。電灯を点ける。もう日付が変わっていた。なにもしてないのにお腹は減る。コンビニに行こう。テーブルの上はゴミが溜まってく。ジャムトーストは、かろうじて生きていた。



 なんにちが過ぎただろう。わからないほどぶりだ。退屈にも慣れた。今まで忙しい毎日を過ごす中、やりたいことあってもできなかった。それなのに。
 今。
 時間だけはたくさんあるのに、やりたいことを忘れた。「退屈」をやりたかったのだとしたら、目標を達成し過ぎてる。満足すると、空腹がぼくを呼んだ。コンビニの常連になった。軽いあいさつと引き換えに軽食を手に入れる。テーブルの下にはゴミが溜まってく。ジャムトーストは、腐りかけている。でもまだ生きている。
 帰り道、偶然知り合いに会った。一番会いたくないやつだ。ぼくはこいつが嫌い。生意気だし、ぼくのバンドより有名で人気があって、「ほんと嫌い」。そう言うと、きまってそいつは鼻で笑ってぼくをあしらう。
 小さいころ、一緒に遊んでいた。その時から、もうすでに生意気が出来上がっていた。そしていつも自分の弟を守って、とても強かった。心が透きとーるように綺麗で強かったんだ。レイがお兄ちゃんなら、ぼくの弟のことも守ることが出来たのかもしれない。弟がいなくなって、泣いてばかりいたぼくの胸に、レイは手のひらを当てて言った。「楽しかったこといっぱいあっただろ。かたちはここに残る。お前はこれからもずっとお兄ちゃんなんだぞ。寂しいときには月を見ればいい」って。その言葉は、ぼくの心の奥を照らした。
「そろそろひとりになってビビってるころかなって」
「まあね」ぼくは答えた。レイの口ピアスを見ながら、「そろそろ外さなくちゃな」とつぶやく。もう必要のないものだ。「でもね、ぼくが怖いのは未来でもひとりになることでもないんだよ。ピアスの穴が塞がること」
「安心しろ」レイは言った。「どんな世界にも光はある。それに、祈流キルは祈流だ」
「うん」
 ぼくは頷いた。
「最悪だよ。最後に見たのがレイだなんて」
 レイの後ろ姿は、最低にかっこよかった。その後ろ姿に何度救われただろう。
「今日、地元に行ったの」
 返事はない。
「ダイチと星をみた」
 返事はない。けれどちゃんと聞いてくれているのは知ってる。その証拠にレイは歩速を緩めて、となりに在る。
「最後は、月を見ればいい」
 レイは言った。
 弟は月が好きだった。桜が舞い散り、池には月が落ちて。さざ波グリッチが月を掻き消そうとして、弟は月を掬おうとした。三人でやればやるほど波がたち、月は消えていく。掬えない月と冷たい水。美しく薄情な思い出。
「見たいな」
 ぼくはつぶやいた。返事はなかった。




 ピアスを一個一個、時間を掛けて外した。口元と耳を覆うようなピアスはぼくのトレードマークだった。ぼくはもうビジュアル系バンド∽PRAYスプレーのボーカリスト“KiL”ではなくなる。
 ピアスの穴が塞ぐころ、ぼくの視界は完全に閉じた。ジャムトーストは、もうどこにも見えない。
 ジャムトーストは死んだのだ。


 ぼくは闇の世界の片隅で、在る。
 空にはくじらが泳いでた。