黒トかげ2
「今日はひとり?」 ネガの問いにレイは頷いた。
「こんにちは」
計太がレイにあいさつをして、
「ながせといいます」
と名刺を渡し「ケイでいいよ」と付け加えた。
ほとんどの人がレイに英語で挨拶をして、和製英語を駆使した言葉で話しかけるのを見ている。レイは当初、戸惑った感じでいたが、無機的に日本語で返すようになった。
「なぜ俺を見ると変な言葉で話しかけようと思うんだ?」
そんなことを呟いていたことがあった。
「みんな、レイが気になるんだよ」
と、ネガがなぐさめる。
「外国人なんてこのあたりじゃ珍しくないだろ。だけど、話しかけないだろ」
レイの言う通り、珍しくもないし、話しかけることもしない。あの区域は、見えないことが多すぎて不審がる声が多い。うちの酒屋が配達をしていたころ、父の手伝いで何度か行ったことがある。
道路沿い付近には比較的高級な住宅が建っている。それぞれの庭には外国産の車やオートバイがあり、特に気にしなければ日本の町並みの一風景として通り過ぎるだろう。
ただ奥に踏み入れると、雰囲気はガラリと変わる。検問所が設けられ、その周りはフェンスが覆っている。ひとつの国がそこにはあった。建物という建物が凝縮していた。あまり綺麗とは言い難い。ツギハギだらけの道路は車を大げさに揺らした。印象に残っているのは、ところどころに咲く白い花だ。一度だけ雨上がりの中で見た花は、ガラスのような儚さで佇んでいた。花びらはまるでカミソリの刃のようにも見えた。鋭くて儚い。僕はレイに触れるたび、時々あの花のことを思い出す。
日本語を話せる人は一部だった。英語、中国語、それと聞いたことのない言葉が飛び交っていた。看板には『Vigilance City』と書いてある。夜守 ヶ丘という地名であるけれど、ここに住んでいるひとたちはみんなヨム、と呼んでいた。俺らは、かっこいいからと真似していたけれど、大人たちは誰もそんな呼び方をしない。
レイの母親が高級車に乗っていることから察するに、レイの父親はあの施設の重役で、裕福な家庭なのだろう。
レイは計太から受け取った名刺を見ている。
「これで“ながせ”って読むの? 永遠の永に、誓はチカの漢字と同じ」
チカとは僕の姉の名前だ。願、誓、叶、流れ星にちなんで、ロマンチック過ぎる名前をつけたのは意外にも父である。天文観察が趣味で、専用の部屋があるほどだ。小さいころは、ロマンチック三兄弟とかロマンチック酒店とか言われて恥ずかしい思いをしてきた。いまだに自分の名前は好きになれない、そんな話をすると、「武器にしたらええねん」と計太は言った。「俺も子供のころは自分の名前が嫌やったわ。でも今はかっこええやろって、突きつけてる。妙な自信を持って突きつけるんや。そうすると不思議とまわりもかっこええ思うねん。そんなもんや」
計太が地元の言葉で話すのを初めて聞いた。たぶん、酔っている。僕は少し勝ち誇った気持ちになる。
「俺もさ」ネガも話しだした。「体がデカいのがコンプレックスでさ。だったらメンバー全員デカいの揃えてパワーアップしようと思った。武装なんだよ、コンベアは」
ネガにもコンプレックスがあったことに驚いた。