繊細なSyNC3
携帯電話が着信を知らせ、計太は僕に、
「シメの酒、頼んでおいて」
と断って外に出ていった。
高い契約料金を払って携帯電話を所持できるのは、金持ちか風俗嬢ぐらいだ。二台所持して、仕事用とプライベート用に分けている風俗嬢もいる。その風俗嬢は、近いうち料金が安くなって誰でも持てるようになるわよ、とストッキングをねじ上げながら占い師のように予測したが、にわかには信じがたい。
計太のシメ酒を手酌で飲む。最後に計太が必ず「シンキ」と注文して出てくる酒だ。今日のシンキは、なんだか甘く切ない。京の酒であることは知っていたが、僕は酒屋の息子ではありながら、そこまで詳しくはなく、こだわりもなく、飲めればなんでもいいと思っていた。計太に付き合い、じっくり酒を味わうようになり、多少なりとも奥の深さというものがわかってきた。
計太に言わせれば「俺らはせいぜい浅瀬で遊んでいる程度だよ。まだなんにもわかっちゃいない」らしい。計太がそうなら、僕はまだ水面を覗いているだけだ。
穏やかな水面には、善人面した自分の顔が映る。それでいいのかもしれない。
戻ってきた計太は、さっそくシンキを味わいながら、電話の相手がココだったことを告げた。
「気になる?」
いや、別に。と僕はうそぶく。
「今日から仕事復帰してるって。カナと一緒にいるって言ったら」
計太は意地悪く言葉を濁した。
「なんだよ」
と僕。
「気になる?」
「なるよ!」
そう言うと、納得した顔をして言葉の続きを晴らした。
「待ってる、だって」
濁りのち晴れ。
「軽蔑してるんだろ、僕のこと」
僕はつぶやいた。初めて計太に会ったとき、僕がココの客だと知ると、計太は、「軽蔑する」そう言い放った。
「……してるよ。だけど、期待してる。カナなら止めてくれるんじゃないかって」
「なにを止めるの」
返事がなくて、僕は計太を見る。その横顔は、なにか言葉を探しているように見えた。
「あの仕事を辞めさせてほしい」
頼むよ。そう言って計太は僕に酒を注いだ。
今日のシンキは、やけに甘くて、やけに哀しい味がした。
久しぶりに会ったココは以前と変わらなかった。酒臭い、と、からかいながら僕の顔を引き寄せて唇を添わせた。
朝までココを貸し切った。映画を見たり、ゲームをしたり、ただ、笑って過ごした。
腕には新しい傷が生まれていた。
孤独の深渕を覗く。
覗く。
暗くて、暗くて、暗い。
なにも見えない。
手を離したら、ココがどこまでも堕ちていく気がした。
穏やかな水面がさざ波立つ。
僕の顔が歪んでいく。そこには、僕ではない僕が映っている気がした。