繊細なSyNC2
 目的の店はすぐ近くにある。小料理屋だが、幾多の名酒が余地なく揃えられている。計太の目当てはそれだ。世の中のアルコールを仕留める、というほどの愛飲家だ。体の隅々までアルコールを行き渡らせていても、酔っている様子は一度も見たことがない。まだ二十歳だというのに、底が知れない。
 酒に溺れたオヤジが、計太を女性と勘違いして誘ってきた。計太は慣れた様子で追い払っている。端正な顔立ちに長い黒髪、華奢な体つきではあるが、ドラムを叩くときの『Kei』の姿は精悍で魅了される。
「プロってどうやったらなれるの?」
 僕の質問に計太が驚いた。
「なに突然」


 僕の洋楽好きは兄の影響だ。
 兄はプロを目指して、就職せずアルバイトをしながらバンドに明け暮れた。父が病に倒れたことをきっかけにバンドを引退し、酒屋を継いだ。長年付き合っていた彼女は、父の面倒を見る、と自ら結婚を申し入れたという。
 今までのやり方では、店は継続できないと考えた奥さんのアドバイスのもと、兄は、好き放題に店を開拓した。ロックミュージックを流し、一角にはバーカウンターを設置した。壁にはお気に入りのレスポールが飾ってある。結果、店は以前にも増して繁盛している。
 そんな長男のおかげで、僕は両親に口うるさく「いい大学へ行きなさい、安定のある企業に就職しなさい」と言われ続けてきたのだった。店は元バンドメンバーや音楽好きのたまり場になっていて、シークとあまり変わらない環境だ。家に帰ると、酔った兄貴の惚気と未練を聞く、という儀式が待っている。


「俺はSound_1eamリームだよ」
 夢見町にある楽器店が年に一度開催している大会だ。各都道府県から人気のあるアマチュアバンドが集まり頂点を決める。もともとは小さな楽器店だったが、バンドブーム到来とともに選手権大会を開催したところ、全国から出場者が殺到し、知名度が上がり、今ではスタジオや音楽教室を兼ねるようになり、大規模なライブハウスを運営するまでになった。上位入賞であればデビューも夢ではない。
 兄貴のバンドは二度、落ちた。兄貴の儀式によると、時代が悪かったらしい。
「え、計太、優勝したの?」
 素直に驚く僕に、計太が苦く笑む。
「まさか。全国大会に選ばれただけ」
 全国大会を通過したことは、充分にすごい。
「ココと出会ったのも1eam。ココは俺らより一年前に出場して特別賞もらってた」
「ココもプロを目指してたってこと?」
「どうなんだろうな。お祭りみたいなノリでやってるひとも多いしね。ココもあのころは、その日が楽しければいいってよく言ってたな。カナは、ココの妹のこと聞いてるの?」
「いや、なにも」
 家族のことはなにも知らない。
「妹は体が弱くて、両親は妹にかかりっきりだったんだって。それで『私は生まれつきの孤独』って。中学卒業してすぐ上京して、孤独の中、手探りで居場所を探してたんじゃないのかな。自分がいてもいい場所。誰かに必要とされる場所……ん? なに語ってるんだ、俺。酔ってる?」
 計太が笑い、飲めよ、と僕に酒を注いだ。
 誰かに必要とされる場所か。そんなこと考えたこともなかった。あたりまえに家族がいて、時々、煙たくて。今は大家族になって、孤独とはかけ離れ過ぎている。