繊細なSyNC1
 シークレットは、相変わらず賑わっていたし、相変わらずマスターはカウンターの中で飲んでいた。
 すぐには座らず写真を見る。金髪でショートヘアの女の子……
 ……これがココ?
 言われなければわからなかった。ロックファッションに身を包み、化粧の感じも今とは全然違う。シークのエプロンをして、舌を出している。どれもこれも見たことのない思いっきりの笑顔をこちらに向けている。ステージ上でギターを弾いている姿に十字架は彫られていない。今のココとは別人のココだ。



 背中をぽんと叩かれた。計太だ。
「おつかれ」
 そう言ってカウンターに入りカクテルを作りはじめた。彼がマスターを甘やかしている要因だ。いつも率先してカウンターに立ち、常連客と話したり、おつまみを出したりしている。
 計太が来ると空気が一変する。誰からも好かれて頼りにされているのがわかる。そして、計太のそばにいつもココの存在があった。

「ご注文は」
 計太はカクテルを作るのにハマっているらしい。酒好きが高じてすっかりバーテンダーになりきっている。僕の実家が酒屋だと知るとひどく羨ましがった。
 愛飲家の手元を探ると、掲げられたスノースタイルのカクテルグラスは、スポットライトが注がれて真珠のような輝きを揺らした。僕の出した依頼に、計太は手際良くラムとライムジュースをシェーカーの中に沈めていく。
「バンドをやっていなかったら、バーテンダーになってたと思う。こういう店、夢見てた」
 じゃあ願い叶ってるんだね、そう言うと、狭いカウンターの中で小さく座るマスターが、
「おかげでこうしてサボれる」
 と、計太の試作を飲み、満足気に頷いた。



 カウンター脇のテレビ画面がノイズを灯した。
 土曜深夜の恒例行事になっている。音楽番組のテーマソングが店内シークを占領して開始を告げた。週間ランキングを発表したあとは、話題のバンドを紹介する。今週は、ドラマの主題歌が公開されたばかりのバンド『STORM』だ。

 かすれた白と黒の風景と赤い海。ボーカリストが赤い髪をなびかせながら歌っている。ドラムセットの下も赤い波が這っていて、スティックから血しぶきみたいに水滴が跳ねて画面が赤一色になる。その赤が溶けていくと、STORMの文字がキラリと現れる。

 初めてプロモーションビデオを見たとき、鳥肌が立つほどにそそられた。音もビジュアルも文句なしの格好良さを持ち合わせていたが、とりわけメンバーのルックスに着目されているところもあった。



「おまたせ」
 淡い雪が運ばれてくる。しんとした冷たさと甘酸っぱさが舌に降る。
 カナ、明日休みだろ。これから飯食いに行くから付き合え」
 “カナ”とは僕の呼び名だ。名前の“叶”かなるからそう呼ばれている。
 カクテルを飲み終えるころ、音楽番組は次週の予告を伝え、シークのステージでは演奏セッションが始まった。
 爆音を背に、黒く重い扉を閉めた。冷房の馴染んだ身体に、外の熱気がだるく伸し掛かる。
 道玄坂を歩いていると、上調子な連中達が地べたに座り大声で騒いでいた。通り過ぎると同時に無遠慮な声と笑い声が響く。


 今通ったの、ケイじゃね?
 誰だっけ
 ケイだよ、ストームのドラムやってる
 ストームってアイドルロックだろ


 平然を装ったつもりでいたけれど。
「カナ、顔に出てるぞ」
 と計太が笑った。
「だって……」
「実際、そんな売られ方をしたからな。デビューしたころは、アイドルロックって言葉に過剰反応してケンカもしたけど、事務所にすげー怒られた。今は恋愛もするなって言われてるし、結構カゴトリよ?」
 計太が肩をすくめる。
「ま、俺は自分の音楽を続けるだけだから。気にするな」そう言って僕の背中を優しく叩いた。