晴れのち濁り4
ご機嫌指標は、カウンターに並べられた数々の名酒で観測できる。入手困難なものまで開封していたらなおさらだ。ネガと計太は、初対面とは思えないほど盛り上がっていた。「見舞いに来たんじゃないのかよ」
呆れ顔の僕に、計太は
「乾杯」
とグラスを掲げ、ネガが、
「快気祝いだよ」
と付け加えた。そのあとココに向かって、「……カナの彼女?」と聞いた。ネガも、バンドをしていたころのココを知っている。たぶん、僕か計太がココの名前を口にしない限り、気付くことはないだろう。
「違います」
言うより早く手を振ってココは否定した。「だろうね」と、ネガが返す。ココが笑って「どうしてですか?」と聞く。
「女の匂いが一ミリもしない。まあいつも石鹸の匂いを漂わせて帰ってはくるけれど……」
「は!?」
僕は大声を出して言葉を遮った。計太が笑いをこらえようと必死になっている。
携帯電話の着信音が鳴り、ココは外へ出た。
「もっと高級なのあるよ。シンキの限定品もあるよ」
僕はふてくされる。今日は価値ある酒をいくらでも出してやりたい。
ココが戻り、
「行かなくちゃ」
と言ったあと、計太に「先に帰るね」と声を掛けた。計太はおう、と手を挙げる。
「おじゃましました」
深々と頭を下げたココに、
「いつでもおいで」
とネガがにこやかに声をかける。
「送っていくよ」
僕の言葉に、ココは「丁度タクシー通ったから、止めてある」と、店先を指差した。
「振られてる」
計太がからかう。
「だな」
便乗するネガを睨んで、僕は店の扉を開けた。
そこには小さな客がいた。
「お、レイ」
レイはココを見上げると、一歩下がり道を譲った。ありがとう、とココは笑顔になり、僕に「またね」と声をかけてタクシーに乗り込んだ。
店先でレイとふたりタクシーを見送る。
「好きなのか?」
色素の薄い瞳をこちらに向けて、まだ幼いレイが僕に聞く。
「気にはなってるよ」
僕はレイの目をちゃんと見て答える。レイにごまかしが通じないのは承知の上だ。
「難しいと思う」
斬り捨てられた僕の瞳は、再びタクシーを追った。タクシーが角を曲がり、姿が見えなくなるまで。
「勝ち目はないよ、カナがすべてをかけない限り」
レイは唇の端を上げ、僕の目の奥を殺して、店に入った。時々レイの瞳が怖くなる。鏡みたいに僕の心を映し出す。僕の瞳は黒いのに、何もかも見透かされている。
呆れ顔の僕に、計太は
「乾杯」
とグラスを掲げ、ネガが、
「快気祝いだよ」
と付け加えた。そのあとココに向かって、「……カナの彼女?」と聞いた。ネガも、バンドをしていたころのココを知っている。たぶん、僕か計太がココの名前を口にしない限り、気付くことはないだろう。
「違います」
言うより早く手を振ってココは否定した。「だろうね」と、ネガが返す。ココが笑って「どうしてですか?」と聞く。
「女の匂いが一ミリもしない。まあいつも石鹸の匂いを漂わせて帰ってはくるけれど……」
「は!?」
僕は大声を出して言葉を遮った。計太が笑いをこらえようと必死になっている。
携帯電話の着信音が鳴り、ココは外へ出た。
「もっと高級なのあるよ。シンキの限定品もあるよ」
僕はふてくされる。今日は価値ある酒をいくらでも出してやりたい。
ココが戻り、
「行かなくちゃ」
と言ったあと、計太に「先に帰るね」と声を掛けた。計太はおう、と手を挙げる。
「おじゃましました」
深々と頭を下げたココに、
「いつでもおいで」
とネガがにこやかに声をかける。
「送っていくよ」
僕の言葉に、ココは「丁度タクシー通ったから、止めてある」と、店先を指差した。
「振られてる」
計太がからかう。
「だな」
便乗するネガを睨んで、僕は店の扉を開けた。
そこには小さな客がいた。
「お、レイ」
レイはココを見上げると、一歩下がり道を譲った。ありがとう、とココは笑顔になり、僕に「またね」と声をかけてタクシーに乗り込んだ。
店先でレイとふたりタクシーを見送る。
「好きなのか?」
色素の薄い瞳をこちらに向けて、まだ幼いレイが僕に聞く。
「気にはなってるよ」
僕はレイの目をちゃんと見て答える。レイにごまかしが通じないのは承知の上だ。
「難しいと思う」
斬り捨てられた僕の瞳は、再びタクシーを追った。タクシーが角を曲がり、姿が見えなくなるまで。
「勝ち目はないよ、カナがすべてをかけない限り」
レイは唇の端を上げ、僕の目の奥を殺して、店に入った。時々レイの瞳が怖くなる。鏡みたいに僕の心を映し出す。僕の瞳は黒いのに、何もかも見透かされている。
黒のほうがよく見えるよ、