夢想のストリングス2
「それでどうしたの?」
「来たんだよ、ユキが。だからケイに電話した」
ユキが来た?
停止した僕の思考を疑問形が遊泳している。けれど相手はレイなのだ。納得した途端、身震いがした。効きすぎる冷房のせいかもしれない。
「ユキは必死に助けを求めてた。今までカナにも何度か話しかけたって」
「僕に?」
「なにか感じなかった? 例えばノイズ、ざらつくような。そういうとき、ユキはそばにいたと思う」
ノイズ? ココと出会ってからのことを思い起こしてみる。携帯電話で話しているとき……、雨音……、夢の声……、思い当たる場面は確かにあった。僕は自分の両腕を包んだ。
「あ、冷房効き過ぎだよな? 俺らの国、すげー寒いところだから、こっちの気候暑くて」
ノアが気を遣って「ごめんなさいねー」と、温度を上げてくれた。
「で、カナはどうする?」
「どうするって……病院へ行くんでしょ?」
そのつもりで車に乗っていたので、多少面食らった感じで返事した。
「俺はカナに要件を伝えたし、ココにも話があるから行くけど、カナは仕事あるだろ」
「着いてるよ、ココに。ユキだって、そうして欲しいんだろ?」
「自分がどうしたいか、だ」
レイはそうつぶやいたあと、シートに背を預けて、折り曲げた両足の上に腕を置き、外を見つめた。
大通りに合流する信号で、車は停止した。
口ずさむレイの声が聴こえる。整列した小学生たちが手を繋いで横断歩道を歩いていく。そこにレイが入る想像はつかない。甥っ子と同じぐらいと聞いたことがあるけれど、本当は何歳なのか、どこから来たのか、知りたいことはたくさんあった。聞いたとしてもはぐらかされるのは知っている。
カラスがゴミ置き場を探っている。餌がなかったのか、すぐに飛び立った。
窓の外を見ながら、レイは話し出した。
「ココがこんなふうになったのって、ユキはきっかけに過ぎなくて、もっと根本的なものだと思う」
ケイが言っていたことを思い出して「家族のこと?」と聞いた。
「妹とは心のどこかで繋がってる。仕送りもしてるしね」
「仕送り? 孤独にさせたのに?」
「カナにそういう繊細さはわかんないよ」
「そうかもしれないけど……」
僕は黙るしかなかった。車は再び発信し、大通りの流れに沿った。
「城石家ってなんか幸せだろ。いつも賑やかで楽しそうで。なにがあっても乗り越えられるエネルギーみたいなのある。特にネガは暑苦しいくらいの」
「それはわかる」
いやというほど。
「逆にそれがココには負担になるんだよ、今はね。バンドをやっていたころはそれなりに楽しかったみたいだけど、でもいつも心に穴が空いてた」
罪悪感なんだよ、レイは続けた。
「自分だけが健康で生まれてきてしまったことへの。自分ばかり楽しんでいいのか、恋なんてしていいのかって。そういうのを忘れさせてくれたのがユキだった」
敵わないのかもしれない、僕は心の中で諦めかける。
「敵はユキじゃない」
心を見抜かれた気がしてレイを見た。レイは銃のように構えた指先を空に向けていた。的はカラスのようだ。
「自分の弱さだよ」
バン! と銃声音を口にしてレイはカラスを撃った。
「敵わないよ、レイには」
「ふぬけるなよ、カナ」
レイがニヤリと笑う。肩越しに、カラスが落ちて行くのが見えた気がした。