気怠い偽色＿１
街を。
ネオンが咲いた。
眩しいほどの色が、夜を咲いた。
欲の花と絶の花が混在している。僕は立ち止まり振り向いた。彼女の花だけが悲しげに揺らいでいた。仰々しい光りは葉脈まで映し出しているのに、僕にはなにも見ることはできなかった。影はひび割れたアスファルトの奥まで侵入し、どこまでも黒を重ねていた。
「壊れた細胞はもとには戻らない」
渋谷の街の中で、彼女の花は儚く散る。
僕は、なにも見ることはできなかったのだ。黒い影の中にも。
今日も行きつけのクラブでの接待を余儀なくされていた。商談相手の社長は酔いが回り、そのいやらしい手を隣に座っているホステスの太腿に滑らせ、口元の筋肉をだらしなく緩めた。
「社長！ 飲みましょう！」
そう言って僕は、アルコールのほとんど入っていない水割りを差し出した。ホステスのふとももにまとわり付かせた手はそのままに、もう片方の手でグラスを奪い取ると、社長は一気に飲み干した。
「次、行こうよ、次」
腹の下にめり込んだベルトをちらつかせながら社長は立ち上がった。もったりとした腹に半分隠れながらも、ブランドのロゴはその象徴を隙なく主張している。
社長の『次』という言葉には、『コールガール』の意味が隠されている。これも仕事の内であり、朝から晩まで休む間もなく働いている僕にとっては、いい意味での息抜きとなっていた。
平日の丸山町のホテルには、すぐに入れた。
それぞれの部屋に入り、それぞれの女の子を呼ぶ。十分ほど待つとチャイムが鳴って、僕はシャワーを流した身体にタオルを巻きつけた姿でドアを開けた。女の子は笑顔で挨拶し、エミと名乗った。
エミは断りを入れてベッドの端に座り、備え付けの電話の受話器をつかんだ。了承のひとことを事務所に報告するためだ。「OKです」や「大丈夫です」と様々ではあるが、丁寧に「お願いします」と頭を下げながら告げる子もいれば、かったるそうに自分の名前だけを名乗る子もいて、性格の一部が垣間見れる。ここから時間がカウントされ、終了時間の五分前に事務所から電話がかかってくる。アラームをセットしているようなものだ。
僕は長ソファーの端に座り、タバコをくわえて、ホテル名が印刷されたブックマッチを擦る。
「タバコは？」
と聞くとエミは首を振った。
ぱっちりとした目元にピンク色のルージュ、栗色の髪。黒いスーツの襟元や袖には黒いレースが施されている。手首にはいくつものブレスレットが巻き付いている。年齢を聞くと、二十一と答えた。
エミはおとなしく、かえってこのくらいの落ち着きが僕にはちょうどよかった。この前来た女の子はタバコをプカプカ吸いながら始終おしゃべりをして、結局何もしないうちに時間になってしまった。それはそれで楽しく、彼女たちにとっても、たまにはこんな時間もいいのではないかと思う。
「隣の３０５号室の人と一緒に来たの？」
エミはブレスレットを外しながら聞いた。
「そうだよ」
返事をするとエミは笑って、
「チェンジ魔なの？」
と聞いた。社長は、タイプの女の子が来るまで、あたりまえのサービスのようにチェンジを繰り返す。女の子は次から次へと客の元へ行かなくてはならないし、事務所側も対応が面倒なのだろう、嫌われるようだ。
エミは外したブレスレットを小さなビニール製のバッグに仕舞う。スーツを着用するのは、高級ビジネスホテルから利用する客への配慮だと教えられたことがある。この仕事をして長いのかもしれない、と僕は考えていた。